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偏った愛情は、最強の煩悩である

ちょっと宗教的な話になります。

私たち魂は、全て輪廻転生を経て解脱(魂がこの世で学ぶことを終えて、神のクラスになり、物質世界でなく神の世界に
生まれ変わること)を目指しています。

解脱に必要なことは煩悩をなくす(つまらんことにこだわって苦しんだり苦しめたりするのを辞める)が必要です。

その煩悩(いらんことへのこだわり)の最も強いもののひとつが愛情の偏りです。

例えば、母親が亡くなったとします。

高いお金を出して葬儀をして、悲しみ、火葬上で泣きながら骨を拾います。

しかしその数時間後には、平気で肉を食べています。母親と同じように、生きていた動物の肉を、です。

母親を殺して肉を食べる人はいないでしょう。でも、牛さんや豚さんは殺しまくって肉を食べています。

つまりはこれが、愛情の偏り、と言わざるを得ません。

私たちは、生きとし生けるもの全てを母親と同じように愛さなければなりません。

肉を食べる時は自分の親や子供、愛する人を殺して肉を食べていると思えるようにならなければなりません。

全ての命は平等です。
(・・・細かいことを言えば、人を殺した場合とハエを殺した場合を比べると、人を殺した方がカルマは何百倍も溜まります。
それは人の方が多くのことを学びながら生きているため、より多くの魂の成長を奪ったことになるからです。)

大嫌いな会社の上司、冷蔵庫の下から出てきたゴキブリ、自分の血を吸って逃げていった蚊、
自分の子供を惨殺した殺人犯でさえ、

全て自分の子供や親や配偶者と同じくらい、平等に愛さなければなりません。

しかし、これは、現実問題、非常に難しいことです。
自分の愛する人を殺した殺人犯ですら、親や子供と同様に愛するなど、人間じゃありません。普通憎みます。

つまりは人間じゃないほど高潔な精神なので、神の世界に生まれ変わる形になります。

・・・というわけで殺人犯すら愛しろとは、さすがに言えませんが、

まぁ~~その辺を飛んでる虫を見て、「汚っ!殺そっ。ハエタタキどこだぁ?」と思わずに、
「あぁ一生懸命生きてるな、かわいいな。部屋の中にいたら死ぬから外に出してあげよ♪」
とか、
ちょっと肉料理は少なめにしよっか・・・と少しだけでもいいので、この記事読んで思ってもらえたら、嬉しいな。
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お釈迦様の法話

とある本に書いてあった内容です。



お釈迦様の時代、バラモン教最高位のトーデッヤバラモンの息子
スバ青年がブッダに会って質問した時の話。

Q.人間は産まれながら病弱な人もいれば、健康な人もいる。人間は何故平等ではないのか?
A.カルマが人を生む。カルマによって人間は優劣に区別されるから。

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短命の人→過去生で、生命に対して優しさや親切さがなく簡単に殺生をする者は、地獄に行く。
     相手に生きる権利を与えなかったので厳しい苦しみを味わう。
     極端に苦のある場所に生まれ変わる。人間にはなれない。長い時間苦しむ。
     次に人間に生まれた時は、長寿の権利がなく、短命で早死にする。

長寿の人→過去生で、全ての生命に対して優しく親切で殺生をしない者は、天界で幸福になる。
     他の生きる者の権利を尊重したので、次に人間に生まれた時は
     自分の生きる権利も尊重され長寿になる。

病弱の人→過去生で、殺しはしないが、他の生命をいじめる、苦しめる、暴力、虐待、拷問、
     生命を傷つけた者は、地獄に行き長い期間苦しむ。
     次に人間に生まれた時は、病弱な身体で生まれ、
     一生痛み、苦しみながら生きていかなければいけない。

健康な人→過去生で、武器を持たない、暴力、虐待、拷問をしない、
     あらゆる生命に対して優しく、大切にした者は、次に人間に生まれた時は
     たいへん健康な身体で生まれる。

見た目が醜い人→過去生で、執念深い、すぐ怒る、激怒する、恨み、憎しみを抱く者は
        怒らせた側ではなく、怒った側も地獄に行き、極端な苦しみを受ける。
        次に人間として生まれた時は、過去人を嫌な気持ちにさせた事が自分の身体に現れ
        人から疎まれる容姿になり、一生嫌な気持ちで生きていかなければならない。

見た目が美しい人→過去生で、簡単には怒らない、さんざん言われても落ち着いている、笑顔が絶えない、
         怒ってる相手にさえも嫌な気持ちを与えない者は、天界に行き
         もし人間として生まれた場合は、とても美しい容姿で生まれる。

存在感が無い人(オーラがない)→過去生で、嫉妬、妬み、執着、他人の成功、幸福を認めないものは地獄に行き苦しむ。
                それを終えて人間界で生まれても、誰にも認められない、誰も相手にしない
                存在感の無い人間になる。

存在感がある人(オーラがある)→過去生で嫉妬、妬み、執着が無く、他人の成功、幸福を心から認め、祝福する者は
                天界に行き、長い幸福の旅を終え、人間界に生まれた時は
                とても威力、威厳、存在感のある生まれになる。

貧乏な人→過去生で、沙門、バラモン(出家修行者)に、衣食住薬を布施しない、
     物を惜しみ、貧しく必要とする人に何もあげない者は、地獄に行き苦しむ。
     次に人間に生まれた時は、貧困に生まれ、収入を得ても財産は逃げてしまう。
     貧困に生まれる理由は、物惜しみ。

裕福な人→過去生で、沙門、バラモン(出家修行者)に、衣食住薬を布施をし、
     物の豊かさ、財産を一人で楽しむのはもったいないと思い
     貧しく必要とする人に差し上げ、みんなでわかち合い幸福を楽しむ者は、死後天界に行き、
     次に人間に生まれた時は、大富豪として生まれる。
     自分で汗を流して得た収入は自分の物ではない。皆のおかげであり、皆のものである。
     分かち合う事で、自分に財産の権利が生まれる。

カーストが低い人→過去生で、頑固、強情、高慢、目上の人や、尊敬するべき人を侮辱し尊敬しない、
         礼をつくさない者は、地獄を免れても、次に生まれた時は
         誰からも尊敬されない差別される家柄に生まれる。

カーストが高い人→過去生で、謙虚であり、目上の人を敬い、礼をすべき人には礼をつくす者は
         次に生まれた時は、尊敬される家柄に生まれる。

知恵の無く鈍感な人→過去生で、善とは何か、悪とは何か、人間はどのような生き方をすればよいのか、
          何を実践すれば良いのか、何も興味を持たず、賢者、知識人を訪ねず、つきあいもしない為
          善なる生き方を知らず、悪に染まった生き方をする羽目になり、死後の地獄は予約済み。
          次に人間に生まれれば、知恵遅れ、知識障害者になる。
          
知恵があり鋭い人→過去生で、善とは何か、悪とは何か、どのように悪いことをやめればいいのか、
         どのように自分を育てればいいのか、智慧のある人に聞いてまわり道徳を知る者は
         天国を流転して、人間界に生まれた場合、頭の良い、天才的な人になる。
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ただし、これらの叡智を知り、他人に
「あなたは過去生で、他人を助けなかったから、今貧乏なのです。自業自得です。」と言うと
それは他人を侮辱した事になり、それは自分の悪業になり、次は自分が惨めに生まれ変わる原因になるらしい。

だからお釈迦様も、相手が叡智を正しく理解し、判断できる人間、
バラモンの息子であり優れた知識を持つ青年だったからこそ、この叡智を教えたらしい。
プロフィール

あべ

Author:あべ
インド占星術を勉強する方のためにいろいろ乗せてます。
すみませんが、現在鑑定の受付は一時的に中止しています。

http://www.abejyotish.jp/

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